木の飾り

雲にかげる太陽と君の横顔

「野菜ジュース」に関して、どう感じる?「竜巻」って、多くの人からはどんな感じで思われているのかな?別に真剣に考えるわけじゃないんだけどね。

木の飾り

悲しそうにダンスする兄さんと夕立

チカコとNYのAbercrombie & Fitchに入店した。
2人ともAbercrombieのカジュアルなデザインが大好き。
そして、店内の薄暗さと、香水の香りが。
3時間程ひやかして、店を出た。
すると、私は道を占領して歩いていたので、ごめんなさいと言って振り返る。
見たら、店内にいた男性。
笑って、ありがとう、など言われた。
驚いたのは、その手荷物。
Abercrombieでどんだけ買ったの?って聞きたくなった。
その後、スタバで知佳子とその男の人の職業当てで盛り上がった。
本当の事は謎のままだけど。

薄暗い休日の明け方はお菓子作り
毎年、梅雨の季節が気に入っている。
部屋は湿度が上がり出かければ濡れるけど。
その訳は、小さいときに、梅雨に見られるアジサイが可憐で、その頃からこの花を楽しみに待っている。
九州長崎の出島で付き合っていた、シーボルトと瀧の紫陽花逢瀬を耳にしたことがあるだろうか。
オランダ人の中に紛れ込んで日本へやってきた、ドイツ人のシーボルトが、紫陽花を見ながら「お瀧さんと同じくらい美しい花だ」と話した。
梅雨にひっそりと咲くあじさいを目にして何度も、お瀧さん、お瀧さんと口にした。
しだいに変化して、紫陽花はおた草と別の名を持つようになったらしい。

雲が多い土曜の夕暮れはシャワーを

振り返ると、中学生のころから高校卒業まで、そんなに学ぶという事をしてこなかった。
周囲が向上心を持って取り組んでいても、自身は指示された内容をひたすら行うといった感じだったと思う。
だけど、大学に入ってから自分の好きな分野の勉強が始まると、内容がどばっと入ってくるようになった。
ついに、就職をして、見習い期間を過ぎて本当の業務を任されると、次は好き嫌い関わらず学習せざるを得なくなった。
楽しくないとか感じる暇もなく、とにかく勉強する期間が続いた。
というライフスタイルをしばらくすると、今度は高校時代に取り組まなかった勉強を見直したいと考えるようになった。
そして、同じように思っている人が友人にたくさんいる。

寒い仏滅の日没はゆっくりと
太宰治の人間失格を読破して、主役の葉ちゃんの想いも共有できるな〜感じた。
主人公の葉ちゃんは人間なら必ず抱いている価値観を、多く抱えている。
そういった部分を、自分自身に積み重ねないでアルコールだったり異性だったりで解消する。
ラストで、居酒屋のママが「葉ちゃんは飲んでも飲まなくてもいい子だよ」と話す。
ここで初めて、主役の葉ちゃんは要領が悪いんだと、まじで切なくなってしまう。

余裕で跳ねるあの子と横殴りの雪

せがまれて、密集した竹の切り倒しを支援していたけれど、しかし、竹がすごく密集していてきつかった。
知人が山の管理を父親から引き継いで、大きな竹がはびこりすぎて、手のいれようがなかったそうだ。
私たちは、業務で利用する大きな竹が手に入れたかったので、もらえるとなり、ちょうど良かったが、竹やぶになった山から出すのもきつかった。

陽の見えない祝日の朝は冷酒を
遠い昔の学生時代、観賞したシネマが、「ビフォアーサンライズ」といって、邦題は「恋人までのディスタンス」だ。
父に、「とてもいい作品」とプッシュされた映画だ。
電車内で偶然出会ったアメリカ人のジェシーと、フランス出身のセリーヌで、限られた時間でウィーンを旅するストーリーだ。
この話の構成の変わっているのは、特にこれといった問題発起とか起承転結の点の部分が組まれていない部分。
会ってすぐの男女が、恋愛、そして、生と死について永遠と意見を言い合う。
観賞した時中学校2年生の私は、分からないことが多く、幼く、退屈しながら観賞した作品だった。
十数年が経過し先日、偶然DVD店で見つけ、これはあの時のと思い借りて再び見たところひたすら感銘を受けた。
特に、レコード店でケイス・ブルームの曲を聞きながら視線を投げあう部分。
ジェシーとセリーヌの帰国の時、つまり、別れ際、エンドを迎える。
その時期はぴんと来なかったこのシネマ、間隔をあけて見てみると、前回よりまたく違う見方ができるのだろう。
見終わった後、KATH BLOOMのCDを、ツタヤで探し出して流している。

悲しそうに跳ねる家族と草原

メジャーなお寺さまの、斑鳩寺、つまり法隆寺へ向かった。
法隆寺式の伽藍配置も充分見学できて、五重塔、講堂も目にすることができた。
博物館では、国宝にも指定されている玉虫厨子があり、思っていたよりも少しだけ小さかった。
このお寺様についてを学ぶには、多分、非常に多くの時間を欲するのではないかと感じる。

汗をたらして口笛を吹く父さんと霧
仲のいい子とお昼時に会う約束していた。
西鉄天神駅の待ち合わせスポットになっている大きめのテレビの前。
そこで、30分くらい遅刻するとメールが入った。
大きいテレビの前はみんなの集合スポットなので、人々はどんどんどこかへいってしまう。
iphoneでミュージックを聴きつつ、その光景をぼーっと見ていた。
それでも退屈なので近くの喫茶店に入って、コーヒーを飲んでいた。
それから、友人がごめん!と言いつつきてくれた。
お昼どこに行く?と聞くと、パスタにしようと言った。
色々探してみたけれど、いい店を探せなかった。

よく晴れた木曜の早朝にカクテルを

急激にインターネットが無くてはならない物になるとは、小学生だった自分には予測ができなかった。
品物を売る商売の人は今の時代競争が激しくなるのではないかと思う。
インターネットを活用し、なるべく安価な物見つけ出すことが不可能ではないから。
争いが進んだところで近頃見かけるようになったのが、集客のためのセミナーや商材販売だ。
もはや、手段が売れるようにな時代で、何が何だかピンとこない。
手段と目的がごっちゃになってしてしまいそうだ。

前のめりで跳ねるあの子と冷めた夕飯
ある変わった仕事があったとき「まあ、なんとかなる」などと思っていた昔。
当時の自分を含むプロジェクトメンバーのみんなが「終わってみたら意外に簡単だったりして」などシンプルに取り組んでいた。
見かねた指導官の社員さんが促した言葉が記憶に残っている。
「目標に向かって、じゅうぶんに準備を進めたからこそ、業務終了後になんてことなかっただけ。
だから、あなたたちみたいに楽観的に過ごしていて、運よく業務が単純だったという意味ではありません。
終わってしまえばなんてことないといった本当の意味は、それとは逆です。
事前に真面目に学び準備をしたからこそ、力が有り余って、内容が円滑に進んだと言う事実を表しています。
じゅうぶんその気になりましたか?
なめていないで頑張りましょう。」
という事だった。
それから、私たちは必死に取り組みうまく収めきることができた。

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